頭とココロ

常々,大学生に「ココロはどこにある?」と問うて,脳(頭)以外の
場所を答えられて凹んでいるオットには誠に気の毒なのですが,
我が家の娘(5歳)も,頭とココロは別なのだとよく言います.
理性・知識=頭,情動=心と考えているであろう大学生とは
また一味も二味も違った表現をするので,私は彼女のココロ論
を聞くのがとても好きです.

今日は,しばらく遊びにうかがっていないお友達のおうちの様子
を忘れてしまったので,遊びに行きたいなぁ…でも小さいきょうだい
がいるからまだ暫くダメだなぁ…的なことを食卓でぶつぶつ言って
おったのですが,その途中で,
「○○,お友達のお家の様子,忘れちゃった….あ,違うなぁ.
頭はわかってるんだけど,ココロは忘れたんだよ」などと言いました.
全く訳が判りません.
そのお家の間取りを事細かに描写し,しかもそれがあっているのに,
「ココロは忘れた」のだそうです.
そのときの楽しかった気持ちは忘れた,ということでしょうか?
記憶に情動が伴っていない,ということでしょうか?
エピソード記憶ではなく,意味記憶になってしまったと.
つまり,同じ“記憶”でも,頭に残るものとココロ(胸)に残るものと
あるって訳でしょうか.

ひとんちの間取りが意味記憶ってのが,いまひとつ合点がいかないの
ですが….まぁ,そういうことなのかしら??と解釈してみました.

しかし,面白い.そんなこと,考えるんですね.
少なくとも,私は5歳の時にはまだ夢の中の住人でしたので,そんな
ココロと頭が同じかどうかなんて,ありんこの鼻くそほども考えたことは
ございません.今のうちに,しっかりと考えて,心理学なんてくだんないわ,
と見切りをつけて両親とは違う道に進むことを切に願っています.